御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
だからこの理由で納得してもらえると思ったのに、美果の答えを聞いた翔がなぜかにやりと笑顔を浮かべた。その表情にびくっと身体が硬直する。
「それならエプロンを脱いでから起こしにくればいい。その方が俺も好都合だ」
「!?」
翔の長い指先が頬を包み込む。顔が動かないように手で固定される。すると翔の唇がゆっくりと耳元に近付いてくる。
「美果……」
「っ……!」
ふ、と吐息と同時に甘く囁かれ、また悲鳴をあげそうになった。同時に心臓もどくんと飛び跳ねる。
翔の指先がするすると頬を撫でる。優しく労わって可愛がるような指遣いのまま、耳殻の縁にほんの少しだけ彼の唇が触れる。
はぁ、と翔が熱い息を吐いた瞬間、美果の喉から自分でも思わぬ一音が零れ落ちた。
「もっ」
「……も?」
「モッツァレラチーズトーストが焼けるので、早く起きてくださいっ!」
大声で叫びながら手足をばたばたと動かして翔の拘束から逃れる。急な抵抗に驚いた翔の腕から力が抜けたのを見計らって、慌てて起き上がるとベッドルームを一目散に後にする。
(心臓にわるい……!)
本当は、もうやめて、と言いたかった。
もう恥ずかしいことをしないで、と訴えたかった。
けれど涙目になって、声が震えて、力が抜けて、負けを認めるように『やめて』と言ったら、きっと翔は明日からも同じ手を使って一秒でも多く眠ろうとするだろう。耳元で囁かれると変な声が出そうになるという弱点を把握されたら、今後ずっと同じ方法でからかわれるのは明白だった。