御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
来客予定があるとは聞いていなかったし、コンシェルジュからの連絡もない。ならば一体どうやってここまで入ってきたのかと思ったが、とりあえず相手が翔の知り合いならば、美果がまず最初にしなければならないのは挨拶だ。
「えっと、はじめまして。私、秋月美果と申しまして、天ケ瀬翔さんの家政婦です」
「家政婦ぅ?」
しかし美果の挨拶を聞いた女性は不可解な発見をしたように眉と語尾を吊り上げた。明らかに信じていない様子である。
「聞いてないわよ、翔様に家政婦がいるなんて」
「ご、ごめんなさい……。えと、あの……どちら様でしょうか?」
美果が名乗ったのに相手は自分の名前を名乗らない。これでは美果も何も判断できないので、とりあえず近づいて相手の素性を探ろうとした。
だがおそるおそる訊ねた返答として女性の口から出てきたのは、美果が想像もしていなかった言葉だった。
「私? 私は翔様の婚約者よ」
「こ……婚約者……!?」
「稲島 萌子。家政婦ならちゃんと把握しておきなさい」
「え、あ……申し訳ございません」
思いもよらない人物の登場におっかなびっくり謝罪するが、頭の中は疑問符だらけだ。
翔に婚約者がいるという話は聞いたことがない。婚約者どころか恋人だっていないはずだ。だが周囲の者は翔に結婚を薦めているようで、特に彼の母親は熱心に知り合いの女性を紹介してくると聞いていた。
(! そうだ、稲島物産のご令嬢……!)
ふと以前聞いた話と女性が名乗った名前が一致する。