御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 美果も翔も後輩のキャバ嬢も二人のやりとりに終始笑っていたが、ちらりと見た翔の目の奥にはどこか冷めた印象があった。



   * * *



 少し時間が経過したころ、小野田の視線がわずかに動いた気配を察知して美果もテーブルの上に視線を彷徨わせた。

 きっと煙草を吸いたいのだろうと感じて自分のすぐ傍にあった彼の煙草ケースを手に取ったが、蓋を開くと中身は空だった。

「小野田さま、煙草が切れてしまいました」
「ああ、本当だ」
「ただいま用意して参りますね」

 美果がその場に立ち上がると、小野田が「ごめんね、さやかちゃん」と声を掛けてきた。本当に申し訳なさそうに眉尻を下げる彼ににこりと笑顔を残すと、そのまま店の奥に足を向ける。

(あれ、二人とも忙しい……?)

 しかしホール内にいるサポート役の男性従業員、いわゆる『黒服』の姿を探すと、二人いる男性のどちらもがちょうど別の案件に対処している様子だった。一人は出迎えた客の案内、もう一人は汚れてしまったトイレの清掃をしているらしく、どちらもすぐに手を離せる状況ではなさそうだ。

 仕方がないので店内に常備してある煙草のケースを開き、自分でストックを確認する。だが間が悪いことに、小野田の愛用している銘柄がちょうど在庫切れになっていた。

「小野田さま、申し訳ありません。いつもの煙草のご用意がないみたいで」
「ええ、そうなんだ? 残念だなぁ」

 席に戻って報告する美果の言葉に、小野田が唇を尖らせる。

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