御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
以前、翔は『母が偶然出会った女性が稲島物産の令嬢で、彼女との結婚を薦められた』と話していた。あれからどうなったのか聞いていなかったが、こちらをじっと見据える女性の姿を確認した美果は、彼女が翔の家に現れたことが『答え』なのだと察した。
(結婚の話、進んでたんだ……)
母親の紹介を経て翔と結ばれることが決まったという女性からは、清楚で愛らしいながらにも凛とした強さが感じられた。臆することなく翔の婚約者を名乗る女性は、決して美果が介入することが出来ない遠くの世界からやってきた人のように思える。
「本日は翔様のお世話に参りましたの。美雪様からお願いされて、合鍵もお預かりしてきましたわ」
「美雪様?」
「やだ、あなたなにも知らないのね。美雪様は翔様のお母様よ」
また知らない名前が出てきたので条件反射で聞き返してしまったが、萌子が口にした女性が翔の母親であることはおおよそ察しがついていた。稲島物産の令嬢と翔の母が知り合いであることは聞いていたし、合鍵を借りたという話の流れから急に別の人物が出てくるとは考えにくい。
だから翔の母の名前そのものにはさほど驚かなかったが、萌子が語った別の事実に驚いた。
(この人、翔さんのお部屋があんまり綺麗じゃなかったこと、知ってるんだ)
翔は他人に対して『完璧』であることを徹底している。本当の姿をさらけ出すことが天ケ瀬グループの後継者としてマイナスイメージになると考えて、自分の本心や本音を偽って他者には虚構の姿を見せている。