御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
しかし本来はずぼらで面倒くさがり、掃除も整理整頓も苦手だし、自分の食事の管理すら億劫に感じるタイプだ。
彼の本当の姿を知ってしまった美果は遠慮なく家政婦に採用され、美果もその恩恵にあやかっている。だがそれはあくまで雇用主と被雇用者という関係、契約のもとに成り立っているにすぎない。
(翔さんとこの人は、心を許し合っている……?)
けれど目の前にいる翔の婚約者を名乗る女性・萌子は違う。
翔との間に上下関係はなく、あくまで一人の男性と一人の女性として心を許し合っている。あんなにも他人に本音を見せたくないと頑なだった翔が本性をさらけ出し、自分の欠点だと思う『完璧じゃない』部分を萌子には見せている。
だから彼女も翔の欠点を補うべく、こうしてこの家に現れたのだ。しかも母親からの公認の証『合鍵』を手にして。
ずきん、と心臓が鋭く痛む。
今朝、耳元で名前を呼ばれたときの甘く低い声を思い出す。それが単に美果をからかうためだけのものだと知って、なぜか傷付く。
本気なわけがなかった。
最初から。
「あの、本日のお掃除はすべて終了しております」
「そうみたいね」
スーパーでキャバクラ時代の客・三石に絡まれたとき、翔はひどく動揺しているように見えた。慌てつつも恋人のフリまでして美果を助けてくれたことが嬉しかった。
けれど翔にとってはあの狼狽すら演技だった。美果を抱きしめる力強さも、名前を呼ぶときの熱っぽい声も、視線も、指遣いも、ただの戯れだった。単に美果をからかいたかっただけなのだと、思い知った。