御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 美果は煙草を吸ったことがないのでわからないが、愛煙家の中には決まった銘柄以外を受け付けない人がいるらしい。心底残念そうな表情を見るに、おそらく小野田も自分が好きな銘柄以外の喫煙は好まない性質なのだろう。

「もしよければ、私が買いに行ってきますよ?」
「いいの?」

 美果が小野田の顔を覗き込むと、彼が『えっ』と嬉しそうな表情を見せた。それほどまでに口寂しいに違いない。しかし接待とはいえお金を払ってクラブに遊びに来ているのだから、その時間を使って買い物に出かける気分にはなれないのだろう。それは当然の心理だと思う。

「さやかさん、私が行きましょうか?」
「大丈夫、すぐに戻るから」

 後輩が美果の代わりにと声を掛けてくれるが、彼女はたった今、上山からドリンクをオーダーしてもらったばかりだ。新しい飲み物を用意してもらった直後に席を立つのは上山に申し訳ないので、やはり美果が行く方が最善に思える。

 何より美果を指名したはずの上山が、新しい遊びを思いついたように上機嫌だ。

「よーし、じゃあさやかちゃんはタイムアタックだな。五分以内に戻らなかったら、店長のモノマネしてもらうからね?」
「えーっ! ちょっと、イヤですよ~! 絶対五分で戻りますからねっ」

 上山が腕に嵌めた高そうな時計の長針を確認しながらにこにこと無茶ぶりをする。小野田に五千円札を受け取った美果は慌てて席を離れたが、ふと振り返った美果はいつの間にか翔が席からいなくなっていることに気がついた。

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