御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
だから美果は自分の本音を隠す代わりに、それとは別の事実を口にして誤魔化そうとした。だが突然ガバッと身体を離した翔と視線を合わせると、彼は目をまん丸にして美果の顔を凝視していた。
「……嘘だろ、それはさすがに」
「ほんと、です……」
本音は隠したが、代わりの言葉も嘘ではない。美果はこれまでの人生で誰ともキスなんてしたことがない。正真正銘、今のがファーストキスだった。
だが翔はにわかに信じられないらしく、少しの時間、眉を寄せて訝しげな顔をしていた。しかし美果の仕草から嘘は言っていないと悟ったらしく、やがて疑問の表情は申し訳なさそうな表情へ変化した。
「ごめん、美果。悪かった。びっくりしただろ……ごめんな」
「いえ、平気です……。……いいんです。そんなに、大事にしてたわけじゃないですし」
一度どこか安堵したように大きなため息を吐いた翔だったが、すぐに美果の初めてのキスを軽率に奪ってしまったことを後悔し始めたらしい。
またゆるく抱擁されて背中を撫でられたので、涙を引っ込めた美果はふるふると首を振って翔の暴走を許すことにした。
「怖かったよな。本当にごめん」
もう一度謝ってくれた翔に「大丈夫です」と返す。いつの間にか怒りの気配や美果を責める態度は消え去り、ただ申し訳なさそうに美果の顔を覗き込んでくる。
「……翔さん、怒ったら相手にキスするんですか」
「そんなわけないだろ。どんな気色悪い怒り方だよ」