御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「そこにあるの、美果が作ってくれた晩飯だろ? 俺が帰ってきたらもう捨てられてたから、食えなかったんだ」
「!?」

 翔の説明に思わず仰天してしまう。

 美果はてっきり、翔が美果の作った料理を気に入らなくて全部捨ててしまったのかと思っていた。代わりに萌子が『料理ぐらい家政婦なんかに頼まなくてもちゃんと用意できるわ』との言葉通りにその腕前を披露し、二人仲良くディナーを楽しんだのだと思っていた。

 だが美果の作った料理を捨てたのは翔ではなく、萌子だと言う。なんでそんなことを……と思ったが、萌子を拒否する翔の態度と状況を考えれば、理由はすぐに察しがついた。

 翔に自分の料理を振る舞いたかった萌子にとって、家政婦の作った手料理など邪魔でしかなかったのだろう。

 しかし食べ物を粗末に扱って、完成していた料理を捨てるなんて、美果には到底信じられない。罰が当たっても仕方がない行為だと思う。

「代わりにカレーを出されたんだが、口に合わなくて一口で食うのを止めた。ついでに本人にもそのまま帰ってもらったが、食欲が失せたせいで何も食ってないんだ」

 なるほど、それで生ごみの処理ボックスに野菜の皮が入っていたのか。しかし野菜やルーのストックはあったが、肉の用意はなかったはずだ。

 どうやってカレーを作ったのだろう……と思ったが、きっと『口に合わなくて』という翔の言葉がすべての答えだ。これ以上掘り下げても答えはわからないし、美果はもう知りたくもない。

「朝ごはん、作りますね」
「ん」

 美果が提案するとすぐに翔が頷く。

 その真剣な瞳が『俺にはお前が必要だ』と物語っているようで、美果はまたひとりそっと背中を震わせた。

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