御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
翔が次々に捲し立てるので、あわあわと狼狽してしまう。
これまで意地悪な態度をとられたりからかわれたりすることはあっても、あまり面と向かって褒められたことはない。一応家事スキルについては何度か褒められた経験があったが、それ以外はどれも初耳の褒め言葉ばかり。
そんなこと思ってたなんて、と照れる美果に、翔が少しだけ身体の距離を近付けてくる。誤魔化す隙を与えない、とでもいうように。
「でも一番は、俺を一人の人間として認めてくれるところに惹かれてる」
そして翔が最後に紡いだのは、美果が想像もしていなかった意外な言葉だ。
それはそうだろう。翔を『一人の人間として認める』なんて、あまりにも当たり前の感覚だ。
「それ……普通のことじゃないですか?」
「そうだな。成人した良い年齢の男を一人の人間として認めるなんて、考えてみれば当然の話だ」
「だったら別に……」
「けど俺の周りに、『俺』を『普通』に扱う相手なんていない。『天ケ瀬家の後継者』として見る奴ばかり。一人の人間『天ケ瀬翔』として認めてくれる奴なんて、実際はそう多くはないんだ」
翔の表情が寂しげに変化してく。その横顔を見つめていた美果は、以前翔が語った彼の秘めたる苦悩を思い出した。
無意識に掴んでいたエプロンの端をさらに強く握りしめる。
「でも美果は、俺を見た目や肩書で判断しない。百貨店の通路で会っても他の従業員と同じような挨拶しかしない。キャバクラでもすり寄って媚びてこない。俺の本当の姿を知っても、幻滅も同情もしない。それが俺の個性だと認めて『普通』に扱ってくれる」