御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
天ケ瀬翔――の、そっくりさんなのだろうか……。
後ろから見た姿かたちや声は、明らかに翔本人である。しかし聞いたことがない口調と乱暴な言葉遣い、足を交差させて気だるげな様子で看板に寄りかかる様子は、これまで美果が見聞きしてきた『きらきら御曹司』や『完璧王子様』の印象からはあまりにもかけ離れている。
(意外というか、なんかイメージと違う……?)
勝手に抱いていた翔のイメージが百八十度ひっくり返った気がする。なんというか、王子様よりも魔王様という表現の方が近い。天ケ瀬翔もワイルドというか、男性っぽい仕草や態度、言葉遣いをすることがあるんだ……と新鮮な気持ちになる。
とはいえ、これまで抱いてきた印象はすべて美果の個人的な解釈だ。遠目に見てきた姿と人伝に聞いてきた話、そして今朝ほんの少し接したことしかない相手の本性をすべて理解できるはずがない。
いや、そもそも翔の本性がどうであれ、美果が関知するところではない。天ケ瀬翔という人物は確かに目の保養になるが、美果とは天と地ほどの差がある存在なのだ。
それより今の美果にはもっと大事なことがある。翔がいる方向とは反対隣にあるコンビニエンスストアで煙草を買って、一刻も早く店に戻らなければならない。五分以内に小野田のお使いを完遂しなければ、やりたくもないLilinの店長のモノマネをさせられるのだ。
「誠人にも余計なことは言うな。ああ、わかったって……」
電話に向かって話し続ける翔も、相手からの要求を強く拒否している様子だし、なんだか怒っているようだし、どう考えても穏やかな様子ではない。