御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 いや、以前から知っていたものともちょっとだけ違う。ビジネススーツではなくスリーピースのフォーマルスーツに身を包んだ翔は、着崩しているわけではないのになんだか色気が漂っている。いつも下ろしている髪を軽く流すようにセットしているせいか、いつもより品が良くさわやかな印象を受ける。

 身に着けている時計も仕事のしやすさより華やかさを重視したものだし、香水もいつもと違う気がする。纏う空気は全体的にさわやかなのに、どこかビターで甘い。きっとこれが大人の色気というやつだ。

「煌も希も、美果に変な絡み方するな」

 見慣れない翔の姿に惚けていると、翔が弟と妹に釘を刺す。

「してないってば」
「翔兄さん、美果さんのこと好きすぎでしょ」
「悪いか?」
「!」

 呆れたように反論する二人に対し、翔の返答はあっさりとしたもの。けれど内容はわかりやすく熱烈で全然あっさりしていない。

 しかし希の言葉をそのまま認める返答に驚いて固まってしまったのは、どうやら美果だけのようだ。誠人も含めた全員が「悪くないでーす」と肩を竦めている。

「翔さん……!」
「行こうか、美果」

 翔に抗議をしようとスーツの裾を引っ張る。だがすぐにその手を上から掴まれ、さらに反対の腕で腰を抱き寄せられる。

 耳元へ小さな誘い文句を囁く翔は、美果の狼狽を気にしていないらしい。慌てふためいている間に会場の奥へ向かって歩き出してしまうので、美果も翔のエスコートに導かれる。後ろから残された三人のため息が聞こえた気がしたが、翔は振り返る暇さえ与えてくれなかった。

「……翔さん、なんかキラキラしてます」

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