御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 どんな褒め言葉をかけるのが〝パートナー〟として正解なのだろうかと悩む。結局幼稚な言葉しか出てこなかった美果だが、翔の微笑みはそれすら愛おしいと言いたげだ。

「美果も可愛いよ。だからもっと胸を張って、前を見て」

 翔の凛々しい表情を見上げると、胸を張ってと言われたのに自然と照れて俯いてしまう。ストレートな褒め言葉に負けて絆されてしまうことが、ちょっとだけ悔しい美果だった。



   * * *



 開宴の宣言から、本社の社長である翔の父の挨拶、天ケ瀬百貨店の経歴や目玉である横浜店の紹介を終えると、乾杯ののち立食式のパーティーが始まった。

 長い開会のプログラムが終わってようやく一息ついたが、美果にとっても出席している者たちにとっても、むしろ本番はここからだ。

 本社の営業本部長である翔の元には招待客がひっきりなしに挨拶に訪れ、美果も翔もほとんど食事に手をつけることが出来なかった。社交の場は情報交換と人脈形成の絶好の機会であるとはいえ、本当に息つく暇も与えられない。

 そうして歓談時間が一時間ほど経過した頃、美果と翔の前に一組の親子が現れた。二人の前に親子連れで訪れる者自体は珍しくないが、娘の顔を見た瞬間美果は思わず息を飲んだ。

「ようそこお越し下さいました、稲島社長」
「ははは、天ケ瀬百貨店もとうとう横浜に進出か。これも翔くんの功績のおかげだな」
「恐れ入ります」

 やってきた稲島物産の社長の挨拶を受けた翔は、美果も内心拍手喝采するほどの完璧な王子様キャラを演じた。野心を感じさせない麗しい笑顔は、敵意は抱いていないが過度な期待もさせない、という『丁度いい』好青年ぶりである。

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