御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
しかも大企業の重役や有名人の令嬢ではなく、完全な一般人である美果ならば、相手役に選んでも変に期待を持たせることもないという利点つき。婚約者でも恋人でもなく『パートナー』という曖昧な言葉で紹介するには、美果は誰よりも好都合な存在というわけだ。
ちなみに天ケ瀬百貨店本社の社長である彼の父には『こう』することを説明済みで、美果も先ほど社長に自己紹介と挨拶をしたところ。
翔がそのまま年を取ったようなダンディな男性に、『おう、好きにしていいぞ。俺は子どもの結婚まで面倒見ねぇし、責任も持たねぇからな』とにやにや笑われ、思わず苦笑いを零してしまった。
翔の口から紡がれた説明に稲島社長は苦しげな息を漏らしたが、娘である萌子は黙っていられない様子だ。
「あなた……家政婦じゃなかったの?」
不機嫌に問いかけられて困惑した美果だったが、それに対しては翔のフォローの方が早かった。
「美果は私を支えてくれる大事なパートナーです」
それ以上でも以下でもない。だからこれ以上の説明はしないし、追及も許可しない。
一貫した翔の態度を悟った萌子が、下唇を噛んで俯きながら黙り込む。
これ以上萌子を刺激したくはない美果は悔しそうな彼女の様子に内心冷や汗をかいていたが、父親である稲島社長はすぐに引き際を悟ったようだ。一度息を飲んですぐに笑顔になった稲島が、翔に向かって別の話題を投げかける。
経済のことなど何もわからない美果は、雑談に応じる翔の隣でひたすら男性二人の会話の聞き役に徹する。だが同じく黙って話を聞いている萌子の視線だけは、終始刺すように痛くてどうにも居心地が悪かった。