御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
5. 蜜色の罠
「家政婦さん」
お手洗いを済ませてパーティー会場へ戻ると、入り口から入ってすぐのところで誰かに声をかけられた。
普段の美果が家政婦業務をしていることを知っているのは、翔を含めた天ケ瀬一族と誠人のみ。今夜会った人には、ただ翔のパートナーであるとしか名乗っていない。
ならば一体誰がそんな呼び方を、と振り返った美果は、相手の姿を確認した瞬間ハッと息を飲んだ。そういえば、普段の美果の様子を知る人物はもう一人いるのだった。
「萌子さん……」
美果の背後から突然現れた萌子ににこりと微笑まれ、嫌な予感を覚えながら作り笑顔を返す。
以前会ったときの萌子は、自分が翔の婚約者であると自信満々の様子だった。自分こそが翔の母の許しを得た両家公認の花嫁であると豪語し、美果が作った料理を捨ててまで翔の関心を得ようとした。
だが帰宅してきた翔に即刻追い出された挙句、翌日には鍵を付け替えられて二度と合鍵を使えないようにされた。さらにマンションのコンシェルジュに情報を提供して、エントランスを通過できないようチェック体制を強化されたため、萌子は翔のプライベート空間に入る術を完全に失った。
先ほどの挨拶の様子を見るに、彼女の父である稲島物産の社長は、娘の非常識な行動を把握していない様子だった。
あわよくば愛娘が翔の目に留まればいいと思うような素振りこそあったが、翔がわざとらしいほど『美果を大切に扱っている』とアピールした効果か、父親はすぐに引き際を悟ったらしい。
これで本当に萌子が両家公認の婚約者ならば、別の女性をパートナーと紹介する翔に問題があるが、稲島社長が怒り出さないということは、翔の主張が正しいということだ。