御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
翔の『美果をパートナーに仕立てあげることで見合いや縁談を退ける作戦』はおおむね成功といえるだろう。稲島社長と同じような考えで翔に近付いてくる者も少なくなかったが、翔が美果を大切に扱う様子を見ると皆同じような反応をして身を引いていったのだから。
だが萌子だけは違う。美果を睨む彼女の視線には、明らかに怒りの感情が込められていた。
(何も言ってこないのが逆に怖い……)
以前は家政婦だと名乗った美果が、今日はパートナーとして翔の隣にいるのだ。彼女の高飛車な言動を知る美果としては、『嘘つき』『話が違う』と怒り出すことも想像していたし、父がいない今この瞬間、急に暴言を吐かれる可能性もゼロではなかった。
しかし声をかけてきた萌子は怒るどころかにこやかな笑顔を浮かべている。
本来ならば一安心するところ。だが美果は、むしろそこに恐怖を感じる。やはり何か物申したいのだろうか……と身構えていると、萌子がふと、手にしていた細長いグラスを美果に差し出してきた。
「飲み物がないのね。それならこれを差し上げるわ」
「え? ……あの?」
「ほら、あちらのカウンターにバーテンダーがいるでしょう? 彼、カクテルの国際競技大会で入賞するほど有名なバーテンダーらしいの。折角だから味わっておかないと勿体ないわよ?」
萌子に示された方向へ目を向けると、確かにホールにずらりと並ぶ料理の向こう側に、カフェやバーの一部をそのまま移設したような大きなバーカウンターがある。
そこに何人かの女性招待客が集まっている様子を見るに、カウンターで注文をすれば有名なバーテンダーから自分好みのカクテルを作ってもらえるらしい。