御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 その荒々しい口調が自分に向けられているわけではないが、いずれにせよここはさり気なく彼の背後を通過して、見なかったフリをするのが懸命だ。ただでさえいつもと違うこと尽くしなのに、これ以上変なことには巻き込まれたくない。

「わ……!?」
「あ、ごめんね」

 しかし翔の後ろを静かに通り抜けることに、気を取られすぎていたようだ。前を見ていなかった美果は、気が付けばコンビニエンスストアの方から突然現れた男性の胸に、ドンと強くぶつかっていた。

 とはいえ、ほとんど動いていなかった美果とゆっくりと歩く男性がぶつかったところでさほど大きな衝撃は生まれない。転んだわけでも怪我をしたわけでもないので、互いに一言ずつ謝罪をするだけでさらりとやりとりは終了する。

 だがその軽い衝突による小さなミスは、美果にとって大きな失態のきっかけになってしまった。

 ハッと我に返って、これまで気を取られていた方向へ視線を向ける。するとなぜか……というか、やはりというか、背後の存在に気づいた翔がこちらをじっと見つめていた。

(! 目が合っ……)

 いや、見つめていたのではない。翔は思いきり美果を睨んでいた。見てしまってはいけないものを見たように、見られてしまってはいけないものを見られたように。舌打ちでもしそうなほど、忌々しそうな表情を浮かべて。

「……。悪いが、切るぞ。……とにかく勝手なことはすんなよ」

 翔がこちらをじっと睨んだまま、スマートフォンに向かって告げる。話し相手はまだ何か言っているような気がしたが、それを確認するまでもなく翔が通話を強制終了する。

 プツッと会話が途切れる音は、美果の安穏な人生を断ち切る音のようにさえ思えた。

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