御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 美果はお酒に弱いわけでも、飲酒が苦手なわけでもない。むしろ適度にアルコールを楽しむことは好きなほうだった。だから世界レベルのカクテルというのも確かに気になったが、今からあの列に並んでドリンクを作ってもらうには少し時間がかかりすぎるだろう。

 今日のところは諦めるしかない……と思っていると、萌子がさらに一歩近付いてきて、バッグを持っていない美果の左手に自分が持っていたグラスを強引に握らせてきた。

「も、萌子さん……?」
「先日は失礼な態度を取ってごめんなさい」
「……え?」
「翔様のために懸命に働いてくれているあなたに、ひどい態度をとってしまったわ」

 萌子がシュンと悲しげな表情で俯く。その姿を間近で見た美果は、このカクテルは萌子の謝罪の気持ちの表れだと解釈した。

 萌子はあの人だかりの中から入手してきた貴重なカクテルを、たまたま通りがかった美果に譲ってくれるという。きっとこれが彼女なりの誠意なのだと感じた美果は、一瞬迷ったものの萌子の気持ちを素直に受け取ることにした。

「ありがとうございます」
「いいのよ。よく味わってね」

 美果の手にグラスを握らせた萌子は、にこりと笑顔を残すと「ではごきげんよう」と一言残して美果の元を去っていった。

(ちょっとわがままなだけで、悪い人じゃない……のかな?)

 そんなことを考えながら視線を下げる。

 グラスを満たすオレンジ色のカクテルは、天井の淡いライトを浴びるとラメを散らしたようにキラキラと輝いている。小さな気泡がしゅわしゅわと弾ける様子を見ていると、美果も自然と心がわくわくした。


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