御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
お手洗いに行くからといって必ずしも用を足すとは限らない。女性はメイクを直したり髪型を整えたり、ショーツに忍ばせた乙女の羽衣を付け替える必要だってあるのだ。もちろん、今の美果はそのどれにも該当しないのだけれど。
(身体、熱い……とりあえず冷やして……)
身体が異常なまでに熱い。
だから汗の確認とケアをして、まずは身体を冷やすことが先決だ。
心配そうな表情の翔をその場に残して再度お手洗いに向かう。翔は美果の具合が悪そうだと気づいて付き添ってくれようとしたが、そうこうしているうちにパーティーを締める最後の挨拶が始まってしまう。さすがに、そのタイミングで本社の営業部長である翔が会場を抜けるわけにはいかない。
会場内を巡回しているウエイターにカクテルグラスを手渡すと、ふらつく足を懸命に動かしてホールを後にし、先ほど使用したトイレに向かう。
倦怠感のあまり途中ホールの壁と廊下の柱に身体を預けて立ち止まってしまったが、どうにかあと一つ角を曲がればお手洗い、というところまでは辿り着くことができた。ところが。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
「え……?」
聞き慣れない声に話しかけられたので、頬に汗が伝う気配を感じながら視線を上げる。するとそこにいたのは、見覚えのない一人の男性だった。
どうやら彼は、壁に寄りかかって息を切らしている美果を心配して声をかけてくれたらしい。
「具合が悪いのでしたら、休めるところまでお連れしますよ」
「お気遣い頂き、ありがとうございます……でも、平気ですから……」