御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 クリーンヒット、だった。

「ぐぁ……おふっ……おえ」

 腹に蹴りを食らった男が、その場に崩れ落ちて前屈みに蹲る。悶絶する男が取り落とした刃物を綺麗に磨かれた革靴で踏みつける翔の姿に、美果は彼の身を心配した自分が少しだけ恥ずかしくなった。

 だが正直、翔がこれほど華麗に暴漢を打ち負かすことが可能だとは思ってもいなかった。翔の身体は筋骨隆々のマッチョタイプではないし、武術を嗜んでいる素振りも感じられない。

 なのにスーツを着たままで刃物を持った相手に物怖じせず立ち向かっていくし、身のこなしも鮮やかだった。

 それに対し蹲ってお腹を押さえる男性は、ものすごく痛そうだった。こうなると翔がやりすぎな気もするが、刃物相手にこちらが丸腰ならば間違いなく正当防衛が認められるだろう。

 そうこうしているうちに、痛みに耐えかねたらしい男性が白目を剥いてフッと気を失った。

「美果! 大丈夫か!?」

 男が完全に沈黙したことを確認した翔が、慌てた様子で美果に駆け寄ってくる。恐怖による震えと体調不良のせいで廊下にへたり込んだまま立ち上がれない状態の美果を、傍にしゃがみ込んだ翔の腕が優しく抱きしめてくれた。

「はい……平気、で……んぅ」
「……美果」

 その優しさに一瞬ほっと安心するが、美果の状況は『かなりマイナス』から『ちょっとマイナス』になっただけだ。

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