御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
6. 微熱と灼熱の間で
遠くで聞こえていた翔の声が少しずつ近づいてくる。けれど美果の傍まで来たと思っても、またすぐに遠くへ離れていく。
それに翔の声よりも誠人の声の方が一定の大きさで同じ場所から聞こえている気がする。ただしこちらはやや雑音が混ざっていて不安定だ。
『さっきの男は、詳しい事情は何も知らないっぽいけど……うーん、稲島令嬢の悪いオトモダチって感じ?』
「稲島の娘?」
『そそ。で、まだホールにいたから事情を聞こうとしたんだけど、泣き出しちゃってさ。いま希ちゃんが対応中』
翔と誠人が会話をしていると気づいて、閉じていた目をゆっくりと開く。
視界に見慣れない天井が映る。手が触れている布は柔らかくなめらかだ。どうやらベッドの上に仰向けに寝かされているらしい。そういえば翔が『部屋を取ってある』と言っていたっけ……
重く動かしにくい身体に力を込めると、横向きへ寝返りを打つ。額に乗せられていた湿ったタオルがシーツの上にぽとりと落ちたが、それには構わず視線を動かす。
広すぎる室内には大きなベッドだけではなく応接テーブルとソファ、大型テレビに、ドレッサーまである。窓は全面ガラス張りで、その向こうには壮麗な横浜の夜景が広がっていた。
部屋の豪華さと窓外の景観に驚いた美果が『観覧車が光ってる……』と呑気なことを考えていると、再び翔と誠人のやりとりが聞こえてきた。