御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
表情を緩めて美果の頬を優しく撫でてくれる姿をぼんやりと見上げる。タオルを濡らしたときに水に触れていたからか、手が冷たくて気持ちいい。
「美果、ちょっとここで休んでてくれ。すぐ戻るから」
「え……」
しかし彼の体温に心地よさを覚える美果に告げられたのは、非情な宣告だった。
美果が飲んだカクテルには、萌子が所持していた怪しいドリンク剤が混ぜられていたらしい。誠人はただの栄養剤だというが、美果の身体はこれまでに経験したことがないほど火照っている。
身体がひたすらに熱い。見知らぬ男性に連れ去られそうになるという怖い体験もした。また何かが起こるかもしれないという不安もある。
「翔さん……」
だから離れてほしくない。傍にいてほしい。
美果がそう思える相手は、翔だけなのに――
「いえ……大丈夫、です。……行ってきてください」
本当は離れていく翔の手を掴まえたかった。行かないで、と言いたかった。傍にいてほしい、と言えたらどんなに安心できるだろうと考えた。
けれどそれは美果のわがままだ。翔から好きだと言われ、付き合ってほしいと願われた返事を保留にしているくせに、自分が不安になったときだけ甘えるのはむしが良すぎるし、間違っている。
それにこれは、美果と翔だけの問題ではない。実際はただの栄養剤だとしても、異物を混入させた飲料を騙して飲ませ、力の強い男性に襲わせるという下劣な行為を許していいはずがない。