御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 天ケ瀬百貨店グループの経営者の一人である翔には、美果を守るだけではなく、責任者として部下や社員の安全を保障し、不測の事態が起きた際にはその原因を究明して再発を防止する義務と責任がある。

 だから美果の不安のためだけに翔の手を煩わせてはいけない。こうして安心できる場所で休ませてくれるだけで十分だと思い直し、翔に縋りたい気持ちをグッと我慢する。

「……美果」

 静かに目を伏せていると、それまで黙っていた翔にそっと名前を呼ばれた。それでも顔を上げられずにいると、翔が突然、スマートフォンを操作してどこかへ電話をかけ始めた。

「誠人。悪いが少し遅くなる。そっちで状況聞いておいてくれ」
『え? えっ……ちょっと、翔』

 スピーカーモードではないので先ほどよりも明瞭な音声ではなかったが、電話に出た誠人が困惑していることは美果にもわかった。だが翔は誠人の返事を待たずにさっさと電話を切ってしまう。

 ソファにジャケットを放り投げてテーブルにスマートフォンを戻した翔が、その隣においてあった水差しからグラスに水を注ぐ。

 美果は呆気にとられながら氷がカラカラと回る音を聞いていたが、そのグラスを持った翔がベッドに腰を下ろしてくれるだけでどうしようもなく安心してしまう。翔が傍にいてくれることが嬉しいと感じてしまう。

「美果、まずは水を飲め。ただの栄養剤なら、薄めれば治まるはずだ」
「おさ、まる……?」
「酒に混ぜてあったんだろ? アルコールとの組み合わせが悪かったのかもしれない。それか体質の問題で……」

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