御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
「そうだな……まず稲島萌子だが、父親の稲島社長に改めて状況を確認した。だが彼女は親には相談せず、独断でお袋に近づいてきたらしい。自分の両親には既成事実を作った後で報告するつもりだったようだ」
やはり萌子は偶然ではなく、明確な意図を持って翔の母親に接近していたらしい。そこから翔との繋がりを得て、ゆくゆくは彼の花嫁になることを望んでいた。そんな彼女の最大の失敗は、野心家でありながら慎重な自身の父親を頼らなかったことだろう。
萌子は父と行動を共にするより自分の意思で行動した方が早いと考えたらしい。だが世間知らずの娘が一人でどうにかできるほど、経営の世界も社交の世界も、〝天ケ瀬〟も甘くない。
「そもそも、稲島の娘は昨日のパーティーの場に美果が来るとも、俺が美果をパートナーとして紹介するとも思っていなかった」
「え……じゃあなんであんなもの持ってたんですか?」
翔の説明に違和感を覚える。萌子は美果を傷付ける目的で栄養剤を持ち込んだはずなのに、美果が昨夜あの場に現れることは想定していなかったのだという。それでは、辻褄が合わない。
「だから言っただろ。既成事実を作るためだって」
「……まさか、翔さんに飲ませるつもりで持ってきたんですか!?」
「みたいだな」
翔はあっさりと認めるが、あまりの短絡的な思考に頭痛すら覚える。萌子は精力増強作用のある栄養剤を翔に飲ませ、その効果が現れたときに自分と関係を持つことで翔の花嫁の座を手に入れようとしたという。