御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
偶然効き目が出すぎてしまった美果が言えることではないが、それほど簡単に事が運ぶと思える発想が怖い。そんな杜撰で馬鹿げた既成事実作りに翔が巻き込まれなくてよかった、と心底安心する。
「だが俺が美果を大切に扱う姿を見た彼女は、手段を変えることにした。俺をどうこうするんじゃなく、俺と美果の仲を裂く方向に作戦を切り替えた。美果を襲った男は、金で雇われたただの捨て駒だ」
「……」
それもまたおぞましい発想だと思う。
萌子は男に美果を襲わせ、その様子をあえて翔に見せることで『穢された女性は天ケ瀬の後継者の妻には相応しくない』と声高に主張するつもりだった。
だからあのとき男は『もう見つかった』と口走り、作戦が成功しないことを知ると美果を放置してそのまま逃走しようとした。あれこそが目的に芯がないために行動にも一貫性がない、金で買われた人間の振る舞いなのだろう。
「でも仮に私と翔さんが仲違いしても、翔さんが萌子さんを選ぶとは限らないですよね?」
「思考が短絡的だよな」
やはり翔も同じように感じているらしい。短い言葉で吐き捨てた台詞は美果も同感だ。自分が選ばれなかった怒りを美果にぶつけるのも筋違いである。
真相を知って深くため息を吐くと、同じく呆れたような顔をした翔も頬杖を解いてシーツの上に座り込んだ。