御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 いつの間にか階段を降りてすぐの壁際まで追い詰められていたらしい。背中に固い何かが当たったと気付いて振り返ると、背後にエンジ色のレンガの壁が迫っていた。

「え……っ」

 腕を伸ばした翔の手のひらが、壁際に追い詰められた美果の左肩の上に置かれる。そのままさらに人差し指を伸ばして、美果の首筋につつっ……と触れる。

 全身の産毛がぞわりと逆立つ。けれどそれは嫌悪感ではない。むしろ正反対――甘い痺れが、触れられた首筋から尾てい骨に向かってゾクゾクッと駆け抜ける感覚だ。

「っ……!」

 首を撫でる翔の指遣いは、歩道に面した通路での行為にしてはあまりに官能的だった。思わず変な声が出そうになったが、その直前に翔の顔がぐっと近づく。

 左の耳元で、翔の声が甘く冷たく響く。

「頭がいいお前なら、余計なことを言えば『どうなるか』ぐらいわかるだろ?」
「!?」

 翔の言葉が美果の心を強く激しく拘束する。美果の本心を捉え、核心を突くような言葉で思考と行動を制限する。

 びっくりして硬直していると、少し離れて美果の表情を見た翔がフッと笑顔を作った。

 しかしそれ以上は何も言わず、美果からそっと離れるとLilinの出入り口がある二階に向かって、階段をゆっくりとあがっていく。

 残された美果は、その場に固まって動けなくなってしまった。

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