御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
美果と天ケ瀬グループの経営陣が詫びを拒んで提案を撥ね退ければ、弱みを握られた稲島物産は今後こちらに逆らえなくなる。受け入れれば両企業間の関係は保たれるが、稲島物産は経営的な負担を強いられることになる。
だがどちらを選んでも天ケ瀬グループには大きな影響がない。落ち度は全面的に向こうにあるのだから。
ならばあとは、美果の気持ち次第だ。
「そうですね……萌子さんが翔さんに二度と近付かないと誓うなら、受け入れて『あげても』いいですよ」
「ははっ……美果がいい女すぎて惚れ直すよ」
萌子は己の杜撰すぎる策のせいで、翔との結婚はおろか、父が経営する会社に大きな損失を与えることになった。その罰として父から大目玉を食らうことは必至だろう。だがそれは、正直美果には関係のない話だ。
だから美果の希望はたった一つ。もう二度と、自分と翔の前に萌子が現れないこと。
この希望は稲島物産の社長の命で必ず達成されることになるだろう。まかり間違って萌子が美果や翔を恨むようなことをすれば、父から勘当されても仕方がないほどのことをしでかしたのだ。あの世間知らずな萌子に、父の庇護下を離れる覚悟があるようには思えない。
「あ……でも翔さんのお母さまは、翔さんと萌子さんの結婚を望んでいるのでは?」
「いや、それはない。お袋はあくまで俺の生活環境を整えるために、家事が得意だと言い張る稲島萌子を薦めてきただけだ。俺に別の相手がいると知ったら、稲島の娘はあっけなく切ると思うぞ」