御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

(そうだよね。だって相手は、あの天ケ瀬御曹司だもん。きらきらで完璧な王子様が私と同じ感覚なはずが……)

 無駄に緊張していることを恥ずかしいと感じた美果が脳内で言い訳を並べていると、壁にかかったガラス製の時計からカチッと小さな音が聞こえた。特にメロディが流れるわけではないが、その機械音は紛れもなく三時を知らせる合図だった。

 読書をしていた翔がふと顔をあげて時計を確認する。その姿を見て、そういえば夕食も作り終わったし食器も洗い終わったが、お風呂の湯沸かしが完了していないことに気がつく。

 慌ててキッチンルームを出て廊下に向かおうとすると、いつの間にかすぐ傍にやって来ていた翔の腕が伸びてきて――後ろから抱きすくめられた。

「美果、シャワー浴びるか?」
「ふぁっ……!?」
「俺はどっちでもいい。もし美果が気になるなら」
「え? えっ、えっと……」

 この一週間、翔の態度はいつもとまったく変わらなかった。朝起こしに行ってもやはり一度では起きないし、美果を布団に引き入れて抱きしめてくるが、一度ぎゅっと力を込めたらすぐに解放してくれる。

 だから彼は美果ほど意識していないのだと思った。意識どころか、自分で口にした『土曜に抱く』という言葉は忘れてしまったのかも、とさえ考えていた。

 だが翔は約束の時間になった直後に美果の身体を抱きしめてくる。浴室に向かおうとしただけなのに、まるで自分のテリトリーから出ることを許さないとでも言わんばかりに強い力で引き留められる。

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