御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

2. 毒性物質


 思わぬ言葉に凍りつく美果の表情を見て、梨果がニコニコと笑みを深める。

「先週の土曜日だったかな。美果が天ケ瀬百貨店のえらい人と一緒にいるとこ見たんだぁ」

 梨果の説明にハッと息をのむ。先週の土曜日……はじめて翔とデートに行った日だ。

 仕事が終わった美果は翔と郊外の大型ショッピングモールに車で出かけ、隣接されている映画館で映画を観て、一緒に夕食を楽しんだ。ささやかなデートだったが、はじめての恋人と人目を気にせず手を繋いで歩いて、美果もとても楽しかった。

 どうやら梨果は、その様子をどこかで見ていたらしい。

「私は知らなかったんだけど、一緒にいた聡が相手のことを知ってたの。あの人、天ケ瀬百貨店のえらい人だよ、って教えてくれたんだ」

 聡、というのは梨果の現在の恋人の名だ。そういえば商社のエリート営業マンだと言っていたっけ……と、あまり意識していなかった人物の情報を思い出していると、梨果が再び首を傾げた。

「聡が言ってたんだけどね、あの人、最近パートナーが出来たってパーティーに連れてきてたらしいよ? 聡の会社の人も、みんな騒いでたんだって」
「……」

 無邪気な報告を聞くと、背中にうすら寒い冷気を感じる。首の後ろに変な汗をかく。

 梨果の語り口調から察するに、梨果の恋人は翔の顔と名前は知っていても、翔と直接の面識はないらしい。パーティーの話も会社の人伝に聞きかじっただけのようだ。

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