御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「お姉ちゃん、私、愛人じゃないの。あの人の家政婦なんだよ」
「は……? 家政婦?」
「朝出勤して家事の仕事が終わるのがこの時間ってだけで、昼間に隠れて会ってるわけじゃない。家に入り浸ってるわけでもないから!」

 正直、今ここで自分たちが恋人同士だと宣言してしまえたら、どんなに楽だろうかと思う。本当は互いに想い合って愛し合っているのだと伝えられたら、この無意味な時間に耐える必要もないのでは、と思える。

 けれど少し考えて、やはり安易に事実を告げるべきではないと思い至る。なぜなら。

「別になんでもいいわよ。美果がお金を貸してくれるなら、愛人だろうと家政婦だろうと私には関係ないもん」

 ほら、やっぱり。

 梨果は自分が見聞きした話が真実かどうかを確認にきたのではない。以前もそうだったから、薄々感づいていた。彼女は今日もまた、美果にお金を借りにきたのだ。

 しかし今回は前回と事情が違う。静枝の名義で作った借金を無事に完済し、父のカメラも救い出しているのだから、美果が人質に取られて困るものは何もない。

 今の美果は、梨果言いなりになる必要も、彼女にお金を貸す義理もないのだ。

 ならば自分の事情を素直に打ち明ける必要はない。むしろここで美果と翔の関係を話せば、梨果は翔に興味を持つかもしれない。翔や天ケ瀬百貨店を頼ろうとするかもしれない。

 そうやって周囲の人々を巻き込む可能性を考えれば、美果からはなにも口にしないのが最善だ。

< 239 / 329 >

この作品をシェア

pagetop