御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
穏便に、と思っていた。梨果のほうから諦めて、引き下がって欲しかった。けれどその気持ちも、一瞬で吹き飛んだ。
(もう、いい……)
これ以上梨果の身勝手な言い分を聞きたくなかった。美果を貶す言葉も、翔を見下げる台詞も、自分本位すぎる身勝手な言い分も……もう限界だった。
だから梨果を押しのけて家の中に入り、あとは一切無視しようとした。一応彼女の家でもあるので追い出すことはできないが、同じ家の中にいても会話もしたくないという意思表示は出来る。
「ちょっと、美果ってば」
エコバックを手にしてリビングに向かおうとすると、梨果に突然手首を掴まれた。その瞬間、反射的に梨果の手を振り解いてしまう。
「やめて!」
「きゃっ」
美果としては大きな力を入れたつもりはなかった。ただ突然の反撃に驚いたらしく、よろめいた梨果が玄関の扉にふらりと寄りかかった。
ハッとした美果は慌てて梨果の様子を確認するが、もちろん転んだりどこかにぶつけた様子はない。ただ梨果の視線には怒りが含まれていて、彼女が放った言葉は美果を非難する台詞ばかりだった。
「ひどい! 美果、最低!」
「ご、ごめんね、お姉ちゃん……どこか痛くした?」
「偉い人の愛人になったからって、美果まで偉くなったわけじゃないのに! 暴力振るうなんて最悪だよ!?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
もちろんわざとではない。偉ぶったつもりもない。当然暴力も振るっていないが、梨果は本気で美果に傷付けられたように大袈裟に振る舞う。大きな声を出すことで相手を威圧し、美果を極悪人のように糾弾するのだ。
もう美果には手が付けられない、と項垂れていると、梨果がニヤリと怪しい笑みを浮かべた。