御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「もういいよ。美果が貸してくれないなら、その人のところに行ってお願いするから」
「……え?」

 その人、が示す相手が一瞬誰かわからなかった。思わず、誰? と聞きそうになるぐらい、梨果の考えは美果には理解不能だった。

「聡に聞けば名前もわかるし、経済雑誌にインタビューの記事が載ってたって言ってたもん。会社に連絡してアポとればいいし、受付で愛人の名前出されたら、さすがの御曹司さまだって焦って連絡くれるでしょ」
「ちょっと、止めてよ……なに考えてるの!」

 梨果の説明を聞いているうちに、それが翔のことだとようやく理解する。しかし理解はしても納得は出来ない。どうしてそんな発想になるのか、意味がわからなさすぎる。

「ついでに美果じゃなくて私じゃダメ? って聞いてみよーかなぁ。美果より私の方が『上手』だよって言ったら、興味持ってくれるかも」

 梨果の言葉にまたも血の気が引く。あまりにも非常識な発言の数々に、動悸と頭痛と目眩が一度に襲ってくる。

(いや……翔さんには、会わせたくない……絶対にいや)

 美果が最初に考えたことは、『梨果と血が繋がってると翔に思われたくない』という感情だった。

 これほど自分勝手で、わがままで、他人の事情や努力や思いやりを顧みない存在が、自分と血を分けた姉であると翔にも翔に関わる人たちにも知られたくないと思った。

 少し遅れて梨果と翔が本当に愛人関係になる状況を想像し、それにも嫌悪感を覚えた。だが脳が強烈な拒否反応を起こしたらしく、それについては三秒で思考から消え去った。

 だから結局、同じ感情ばかりが胸の奥にひしめき合う。

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