御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
「このお金はあげるんじゃなくて、お姉ちゃんに貸すだけだよ。だから今度は、ちゃんと返してもらうから」
「はいはい、わかったわよ~」
梨果はこの借用書が法的効力を持つことをあまり理解していないらしく、サインに加えて家に置きっぱなしにしてあった印鑑で押印まで済ませると、今度こそ封筒を手にして早々と立ち去っていった。
「……」
リビングの絨毯に座り込んだまま、美果はどうしようもない虚無感に襲われていた。
金額は五十万円。借金返済のめどが経った頃から、少し余裕ができたときにコツコツと貯めていたもの。
前回貸したときの五倍にもなる金額は、翔の元で働くようになって収入が増えたとは言え、美果にとってはかなりの大金である。近付いたはずの父との約束を叶える夢が、また一歩遠ざかる。
けれど美果は、梨果にお金を貸したことそのものよりもよほど強い絶望を味わっていた。
(翔さん……)
気づいてしまった。思い知ってしまった。
このまま翔の傍にいれば、梨果はいつか翔に接触しようとする。自分は美果の姉であると名乗り、美果の存在をちらつかせ、翔から金銭を得ようとするだろう。それにもしかしたら、本当に翔に愛人契約をもちかけるかもしれない。
もちろん、翔がそんな誘いに乗るとは思っていない。頭のいい翔ならば梨果の下手な芝居など簡単に見抜くだろうし、事前に知らせておけば対処も出来る。それはわかっている、けれど。
(私は……)
胸の奥が、静かに急速に冷えていく……