御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 壁ドン二回目。
 だが前回と同様、全くときめかない。

 それどころか何を言われるのだろうと身構えるあまり、顔も上げられない。下げた視界の端に映る翔の革靴から、互いの身体の位置が近いことはわかるが、翔の表情は一切わからない。以前と同じ冷たく低い声が、緊張で身を固くする美果を探り始める。

「余計なことは言ってないだろうな?」
「な……なんのことでしょうか……?」
「なんのこと? しらばくれても無駄だ」

 ため息混じりの質問に質問を返すと、翔がムッとした表情で美果を責めてきた。その口ぶりは裏社会の取引現場を目撃してしまった相手を尋問するかのよう。どうしてだろう、美果は何も悪いことをしていないのに。

 沈黙する美果に対し、翔が大失態を犯したように天井を仰ぐ。

「はぁ……最悪だ。まさか委託の清掃員に見られるとは」
「あ、あの……?」
「いいか、とにかく余計なことは言うなよ」
「……」

 翔の態度に――だんだん、腹が立ってきた。

 まず翔の言っている『余計なこと』の意味がわからない。何か知られたくないことがあるのは把握できるが、それが何を示しているのかがわからなければ、気をつけようもない。

 さらに美果には翔の気分を害するつもりなんて一切ないのに、あたかも美果が翔の秘密を他人に触れ回るような言い方ばかりされている。

「お前さえ変なことを言わなきゃ……」
「あの!」

 なぜ他者の秘密を口外するという疑いをかけらなければならないのだろう。美果はただ普通に仕事をしたいだけなのに、なぜいつやって来るのかもわからない翔に怯えなければならないのだろう。

 そう思ったら、無性に苛立ちが膨れ上がってきた。

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