御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
しかも美果の誕生日、九月三十日までもうあと一週間というタイミングに差し掛かっていることを、今この瞬間はじめて認識する。
もちろん知らなかったわけではない。だが完全に忘れていた。
呆然とする美果の手の上に、翔が横に長い封筒を置く。それを疑問に思いながらゆっくりと開いて中を確認した美果は、入っていたチケットを見て思わず目を見開いた。
「これ……ハワイ行きの……飛行機の、チケット?」
「ああ。俺もここ最近長期の休みを取れてなかったから、日程を調整して連休を取った」
穏やか声で説明してくれる翔の顔を見上げると、彼がそっと微笑んでくれる。美果の好きな、優しい笑顔で。
「美果と、一緒に行きたくて」
翔の言葉に美果の胸の奥がじんと温かくなる。美果の不安をすべて溶かして洗い流してくれるような優しさに、ここ二週間ほどずっと悩んでいた苦しみが一瞬で吹き飛ぶ。
(翔さん、私の夢を叶えてくれようとしてるんだ……嬉しい)
美果の夢は、父のカメラを使ってハワイの海と空の写真を撮ること。病気の母が喜んでくれるようにと願い、生前の父と交わしたささやかな約束を果たすこと。
それを知っている翔は、こうして美果の願いを叶えてくれようとする。美果を喜ばせようとしてくれる。その気持ちが何よりも嬉しい。――けれど。
「……受け取れ、ません」
胸が温かくなった端から急速に冷たく冷えていく。脳裏に浮かぶ梨果の表情が、翔の気持ちに喜ぶ素直さや翔との海外旅行を楽しみに思う気持ちまで少しずつ壊していく。