御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

4. 優しい手に包まれて


 翌日、日曜日。
 美果はいつものように祖母が入所する遠方の施設を訪れていた。

 しかし大好きな静枝と穏やかなひとときを楽しんでいるはずなのに、今日はどうしても気持ちが浮かない。何を話しても上の空で、どんなに笑顔を取り繕ってもすぐにため息が出てしまう。

「美果ちゃん、今日は元気ないわね」

 心配をかけないようにちゃんと笑おう、と気を引き締めて来たはずなのに、やはりすぐに見抜かれてしまった。

 それでも本当は「大丈夫だよ」と笑おうとした。不安げに顔を覗き込む静枝に「心配しないで」と言おうとした。

 だが全然、だめだった。

 静枝の寂しげな表情が最後に見た翔の表情と重なる。周囲の人に心配や迷惑をかけている、本当に情けない……そう思うとまた俯いてしまう。

「おばあちゃん……私……」

 こんなことを聞かされても静枝は困るかもしれない。孫の恋の悩みなんて聞いたところでどう反応していいのかわからないかもしれない。

 けれど他に話を聞いてくれる相手が思い浮かばない美果は、結局祖母を頼ってしまった。それがさらなる心配をかけるかもしれないとわかっているのに、うんうん、と頷いて背中を撫でてくれる祖母に甘えてしまった。

「私ね……絶対に結ばれない人を、好きになっちゃったの」

 美果がぽつりと呟くと、背中を撫でる静枝の手がぴたりと止まった。それからおそるおそる、

「き、既婚者……とか?」

 と訊ねられた。

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