御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
静枝の勘違いに気づいた美果は、顔を上げると慌てて手と首を振る。
「ち、ちがう! それはない! 絶対ない!」
なるほど、確かにそれは結ばれることのない恋と言えるだろう。だが美果の想い人はちゃんと独身だ。一応、法的に許されない相手ではない。
けれど美果と翔が結ばれるために越えなければならないハードルを思うと、似たようなものだと思ってしまう。秋月美果は、あまりにも天ケ瀬翔に釣り合わなさすぎる。
「おばあちゃん、天ケ瀬百貨店って知ってる?」
「もちろんよ。昔、おじいちゃんとよくデートに行ったもの」
「……相手の人、その本社の御曹司さまで、すごくえらい人なんだ」
美果がぽつりと呟くと、静枝がふむふむと鼻を鳴らして相槌を打つ。だがその後はお互いに沈黙してしまう。
美果は静枝の次の言葉を待ったが、どうやら静枝も同じだったらしい。お互いに顔を見合わせ、同じ方向へ首を傾げる。
「……それだけ?」
「え? えっと……」
静枝が不思議そうな顔をするので、つい言葉に詰まる。
もちろん美果が『結ばれない』と思う理由はそれだけではない。
だが今ので美果の言いたいことは十分に伝わるのではないか。有名な老舗百貨店の御曹司に恋をしたと言えば『それは難しいわね』と言うところではないのか。
「相手の人も美果ちゃんを気に入ってくれてるのよね?」
「う……うん、まあ」