御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「その余計なこととか、変なことって、一体なんなんですか?」
「……は?」

 偉そうに指図される筋合いはない。

 もちろん翔は本社の営業本部長なのだから、実際に偉い人なのはわかっている。しかしだからといって、ちゃんと仕事をしている美果を仕事とは関係のないことで叱責する権利まではないはずだ。翔の勝手な想像で美果の行動を決めつけ、先回りして必要以上に注意されるなんて、絶対におかしい。

 そう思ってしまったら『一言言い返してやりたい気持ち』が『ただ平和に仕事をしたいと思う気持ち』をほんの少し上回った。否、平和に仕事をしたいからこそ、今ここで自分の意思をしっかりと示しておくべきだと思った。

「天ケ瀬本部長が何を口止めしたいのか、私には意味がわかりません。貴方は何を知られたくないんですか?」

 だから平和な日常のために、せめてその『知られたくないこと』『秘密にしてほしいこと』がなんなのかぐらい教えてほしい。なにもわからない状態では『絶対に言いません』と約束することすら出来ないのだから。

 美果の反撃に目を丸くする翔だったが、数秒ののちに我に返ると、また眉間に皺を寄せて不機嫌な表情になった。

 相変わらず造形は見惚れるほどに美しいが、その反動のせいか怒りを露わにした表情はやっぱり冷たくて怖い。ビジュアル系極道、と言われたら納得してしまいそうだ。

 もちろんこれ以上彼の機嫌を損ねたくはないので、それこそ余計なことを言うつもりはないけれど。
< 26 / 42 >

この作品をシェア

pagetop