御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 静枝の気持ちを深く理解すればするほど、これほどまでに愛情深い人を粗雑に扱う梨果を腹立たしく感じる。

 静枝がこの施設に入所してから一度も会いに来ないばかりか、連絡のひとつもしてこないその無頓着さに苛立ってしまう。ここまで自分たちを慈しんでくれた恩を仇で返す姉に、悲しみと怒りばかりが募っていく。

 そして梨果に対して嫌悪感を覚える理由は、彼女が優しい祖母に見向きもしないことだけではない。ほんの少しだけでもいいから家族に向けるべき関心を、金銭を得たいという目的で翔に向けることも腹立たしかった。

「……私ね、どうしても許せない人がいるの」

 素直になれない美果がぽつりと呟く。

 否、静枝の前では素直になろうと決めたからこそ心の声が溢れ出る。

 美果が翔の手を取れない本当の理由は、梨果の悪意に怯えているからじゃない。もちろんそれも理由ではあるし、翔との家柄や社会的地位の差を気にしているのも事実だ。

 けれど一番の理由は、本当の気持ちは……少し違っていて。

「本当は許すべきだと思う。嫌わないで、味方になってあげるべきだってわかってるの」

 梨果の考えや行動は、美果には理解ができないものばかり。他人を利用して、誰かが稼いだお金で生きて、自分に優しく接してくれる人の気持ちを簡単に踏みつけるような生き方は、美果には到底受け入れられない。

 それでも、彼女は血を分けた姉妹だ。だから本当は梨果を許してあげるべきなのに。味方になってあげるのが、妹の美果の役目なのに。

「優しくなれなくて……話せば話すほど嫌になって……」

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