御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
翔が、はぁ、と盛大なため息を吐く。
それから、
「お前、馬鹿じゃないと思ってたが、やっぱり馬鹿なのか?」
と失礼すぎる言葉を吐き捨てられる。
至極面倒くさそうな表情の翔ではあったが、それでも説明してくれる気にはなったらしい。もう一度小さく息を吐くと、こめかみを抑えながら不機嫌な表情の翔が重い口を開いた。
「俺はいずれ、天ケ瀬グループの〝すべて〟を背負うことになる。本社の社員だけじゃなく、店舗の従業員やアルバイト、お前みたいな委託の業者、取引先――その家族。そう遠くないうちに、俺はこの天ケ瀬に関わるすべてに対して責任を負うことになるんだ」
「……」
翔の真剣な説明に、ごくりと息を飲む。
確かに、それはそうだろう。組織の頂点に立つ者は、その規模と比例するように多くの人々の生活や人生を背負うこととなる。他人の未来を背負う覚悟がない者に大企業のトップに座すことは到底不可能だ。
「人の上に立つ人間は良くも悪くも注目される。必要以上に関心を向けられて、他人からの善意も悪意も受け止めなきゃならない。まして老舗の百貨店……古くから守り続けてきたイメージが何よりも重視される。業界からも顧客からも、な」
ぽつりぽつりと、小さな声で――けれどはっきりと語るその口調は、彼が秘めた確かな決意だ。