御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 もちろん梨果に翔との関係を話せなかったのは、翔が梨果を好きになってしまうとか、梨果が翔を本気で狙おうとするとか、そういう恋愛事情が絡む理由だけではない。

 彼女は人の親切や思いやりを踏み台にして、楽な人生を歩んでいる。昔はちゃんと働いて自分でお金を稼いでいたはずなのに、今では人の努力や献身を食い物にする生き方ばかり選んでいる。そんな彼女が美果と翔の関係を知ったときにどうなるか……想像に容易い。

「翔さんが必死で築き上げてきたものを、お姉ちゃんが――私が、壊してしまうかも、って」

 以前の美果がそうであったように、本来梨果には翔との接点がない。だから何の取り柄もない無職同然の女が天ケ瀬グループの御曹司に近付こうとすれば、どうやっても強引な手段を取ることになる。電話ぐらいなら適当にあしらえるが、天ケ瀬百貨店本社の受付で美果や翔の名前を出して騒げば、翔にも会社にも迷惑をかけてしまう。

 美果にはそれが怖かった。これまで懸命に努力して作り上げて来た翔のイメージや功績を、傲慢不遜で傍若無人に振る舞う梨果が、すべて台無しにしてしまうことが何よりも嫌だった。

「俺に、相談すればよかっただろ」
「……」

 翔の言う通りだ。もし美果が恐れているようなことが実際に起こっても、事前に知っていれば対策も出来るし対処も早い。

 そう思えば梨果に関係を知られてしまったことを真っ先に翔に相談すべきだったのに、美果にはその判断が出来なかった。

「知られたくなかったんです」
「……?」

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