御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 なぜならそれを口にすれば、翔はまた『美果と梨果が血の繋がった姉妹』であることを認識するから。

 もちろん二人が姉妹であることは最初から知っている。だが美果の口から再び梨果の名前が出れば、美果に傲慢な姉と同じ血が流れていることを再認識されてしまう。

 それと同時に、頭のいい翔ならばきっと『美果の本心』も察するだろう。言葉を濁しても表情から、目を合わせなくても声の高さから、口を噤んでも身体の緊張から、美果の隠したい本性を見抜いてしまうはず。

 そう、美果が本当に知られたくないのは、血を分けた姉妹を許してあげられない自分の醜く狭い心だ。

「話すたびにどんどんお姉ちゃんを嫌いになって……他人を平気で巻き込もうとする無神経さが、許せなくて……」
「……美果」
「この人と血が繋がってると思われたくない、って感じてしまったんです……ひどいですよね、実の姉なのに」
「ひどくはないだろ。美果はそれだけのことをされたんだから、嫌いだと思うのは当然だ」

 翔の慰めの言葉に、ふるふると首を振る。

 梨果がああなった原因は、大事な時期に辛い状況が重なった反動だ。その苦しさと寂しさを埋めるように人柄や考え方が変わってしまったことも理解している。

 それでもやっぱり受け入れられない。どうしても好きになれない。

 近付いてほしくない、翔にも梨果を見てほしくない、実の姉なのに許せない。……そんな自分の心を、翔に知られたくない。

< 271 / 329 >

この作品をシェア

pagetop