御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
美果を含めた周りの者は、翔を『御曹司』『跡取り』と十把一絡げに扱うが、その裏に隠された責任の重さや苦労、辛さや孤独は、きっとのうのうと生きている一般人には計り知れない。経営のことは元より、天ケ瀬グループの御曹司である彼が背負っているものの大きさなんて、美果には何もわからないのだ。
けれど翔の説明で、彼の懸念を感じ取ることはできた。その表情と声音から、本来は無関係のはずの美果を強い態度と口調で押さえつけてまで『隠したがっていること』はなんとなく理解できた。
「本当は言いたいこともいっぱいある。上のやり方を変えたいとも思ってる。勝手な事ばかり言う奴らにうんざりすることもある。でも俺個人の意見はノイズにしかならない」
「……」
「だから身内も従業員も顧客も取引先も望むような、天ケ瀬の名にふさわしい振る舞いを徹底してる。……俺は〝完璧〟じゃなきゃなんねーんだよ」
そう、翔が隠したいのは『本音』だ。
接する相手が部下であれ、店の従業員であれ、取引先であれ、彼は大事な瞬間に重大な過ちを犯さないよう、普段から本音を隠して生きている。天ケ瀬グループの跡取りとして相応しい、誰もが望む『完璧な王子様』になりきることで、誰にも隙を見せず文句も言わせないよう徹底しているのだ。
「って、なんで俺がそんなことまで説明しなきゃいけないんだ」
苛立ちのままがりがりと後頭部を掻く翔の姿を見た美果は――息が詰まりそうだと思った。