御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
「私……天ケ瀬百貨店の後継者になる翔さんを、支えていける自信がない……です」
翔の瞳と視線を絡ませた美果は、自分の心の中にある不安を素直に言葉にした。美果はもう翔に嘘をついたり隠し事をしないと決めていたから、心の秘めた迷いや悩みも彼にちゃんと伝えるべきだと思ったのだ。
「私は一般家庭の生まれですし、特技や功績があるわけでもない……お姉ちゃんのことだってあります」
美果には翔と釣り合わない部分が多い。社会的地位の違い、生まれ育ってきた環境の違い、美果自身の外見や能力、金銭感覚にだらしない身内の存在。
ただのパートナーならばそれほど深く考えなくてもいいのかもしれない。関係を解消しても大きな問題にはならない存在ならば、何かがあったときはいつでも手放せる。だから翔は、以前のパーティーで『恋人』とも『婚約者』とも『友人』ともいわず、範囲の広い『パートナー』という言葉で濁したのだ。
今にして思えば、翔の溺愛ぶりは明らかにただの『パートナー』に向けるものではなかったが、それでも対外的には後戻りできる関係性だ。
けれど翔と結婚して彼の妻となれば、また状況が変わる。翔の妻として社交の場に出れば、美果と翔の釣り合いを指摘したり裏で陰口を言う人もいるかもしれないのだ。
「私、翔さんが誰かに自慢できるような人じゃないですし……」
「美果は、まだ理解してないんだな」
胸の内にある不安をぽつぽつと口にしていると、翔にむにっと頬を摘ままれた。