御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「あ……天ケ瀬(あまがせ)部長!?」

 声を掛けてきた人物の姿を認めると、それまで美果に纏わりついていた男性が焦ったような声をあげる。それから急に居住まいを正して、慌てて姿勢をピンと張る。

 鬱陶しいと感じていた男性の気配が少し遠ざかったと感じた美果は、人知れず安堵のため息を吐いた。

 天ケ瀬部長、と呼ばれた男性の存在は、外部委託の清掃スタッフである美果でもよく知っている。

 天ケ瀬(あまがせ) (しょう)、三十一歳。東京の他に札幌・大阪・名古屋・福岡に一つずつ、計五つ存在する『天ケ瀬百貨店』を経営する天ケ瀬グループの御曹司。本社の営業本部長でもある彼は、各店舗の社員やスタッフ、バイヤーとの打ち合わせを兼ねた視察に、こうしてときどき訪れるのだ。

 もちろん美果は彼の直属の部下ではない。だがクリーンルーム高星だけではなく、出入りしている他の外部委託業者にも、もちろん天ケ瀬百貨店東京のスタッフにも、そしておそらく他の四都市の店舗従業員にも彼を知らない人はいないと思う。

 なぜなら彼は、一瞬すれ違っただけで足を止めて振り返ってしまうほど、抜群に容姿が整っている。

 百八十センチを超えるすらりとした高身長に、それほど大柄ではないがしっかりと筋肉がついたスタイルの良い体躯。短くさわやかに整えられた艶やかな黒髪に、切れ長で少し色素が明るい目と、高い鼻と、形が整った薄い唇。芸能人並みに美しく整った顔立ちとやや中性的で色気のある立ち振る舞いに加え、表情まで常に穏やかで優しげだ。

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