御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「別に今みたいに写真を撮ることがだめだとか、撮影の技術や経験を積む必要がないと言ってるわけじゃないからな? そうじゃなくて、俺には美果が『目の前の世界』をもっと広く深く知りたがっているように思えた」
「翔さん……」
「レンズを覗く前に一瞬動きを止めるとことか、撮り終わった後に目を閉じて音を確認する仕草とか、現地の人から話を聞きたがる好奇心とか。そういう姿を見てるうちに、美果が今見えている風景だけじゃなく、自然や文化、歴史からちゃんと学んで、理解したがっているように思えた。……ただの被写体としてだけじゃなく、もっと深くまで知りたがっている印象を受けたんだ」

 翔の言葉に、ごくりと息を呑む。

 自分ではあまり意識していなかった。だから上手に写真が撮れない歯がゆさも、自分の腕が悪いからだと思っていた。カメラの知識も技術も経験も足りないから、自分が望む瞬間を思った通りに捉えられないのだと思っていた。

 だが美果の姿を客観的に見ていた翔は、少し違った印象を受けたらしい。彼は美果が思い通りに写真を撮れない原因を、表層しか捉えられていない現状と心の中にある願望や考え方との間にズレにあるためだと感じたようだ。

「美果は本当は、もうずっと前から、父親との夢の中に自分が興味を持てる〝世界〟を見つけていたんじゃないか?」
「……」

 翔の問いかけを頭の中で反芻する。
 彼の言葉と自分の気持ちをそっと照らし合わせる。

 確かに、目で見て肌で感じた世界を完璧な一枚の写真として残すには、自分の肌身で大事な瞬間を捉える必要がある。そのためには自分の中に『世界を知る』ための基本的な知識があることや、自分自身の頭で理解することも大切だ。

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