御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「ああ、だから美果の負担を減らすために、俺も家事を覚える」
「え、えっ……?」
「美果の勉強も応援したいし、大学に行けば研究やレポートで忙しい時期も出てくるからな」

 翔が真顔で語る言葉を、失礼ながら『それは難しいのでは?』と思ってしまう。

 洗濯とゴミ出しならばかろうじて可能かもしれないが、それ以外は難しい気がする。どうやっても翔が料理や掃除をする姿が思い浮かばない。それに頑張って家事を覚えられるのならば、そもそも最初から家政婦を雇う必要なんてなかっただろう。

 そう思う美果を余所に、翔は意外なほど乗り気である。

「子どもが生まれたときの予行演習だと思えば、今からやっておいて損はないだろ?」

 翔が楽しそうに笑うので、忘れていた恥ずかしさと不安が急に呼び起こされる。

 そうだ。すっかりと忘れていたが、天ケ瀬グループの後継者である翔と結婚するのならば、いずれはさらにその次の後継者となる子を産む必要がある。それ自体はプロポーズをされた時点で覚悟すべきことのはずなのに、浮かれていて今の今まで頭から抜け落ちていた。

 急に不安を感じて青褪める美果だが、それと同時に翔が子育てのことまで真剣に考えていることに、妙な気恥ずかしさも覚える。美果としてはもう、どこから驚いていいのかわからないというのに――

「まあ、子作りの予行演習は毎晩するけどな」
「!?」

 嬉しそうな彼がどこまで本気なのかを咄嗟に判断するのは、美果にはまだ少し難しいようだ。

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