御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
「だから、天ケ瀬部長が口外して欲しくないことを他言はしませんよ」
「……」
翔が賢明に作り上げた地盤を壊すようなことは絶対にしない。最初は何が何だかわからなかったが、事情が理解できればちゃんと約束できる。
美果は翔の恐れているような行動はしない。美果はただ、自分が地雷を踏まないように翔の意図を知っておきたかっただけだ。
理由はそう――自分のため。
「というわけで、私の仕事の邪魔をしないで下さい」
「は?」
「もうとっくの前に休憩時間になってるんです。お腹空いたので、早くお昼ご飯食べたいんですけど」
美果の主張に翔が一瞬気が抜けたような表情をする。けれどそんな顔をされても困る。
美果は別に、翔の事情に深入りしたいわけではない。美果にとって大切なのは『普段通りの生活』だ。いつものように淡々と仕事をこなして確実にお給料をもらうことが最優先。そのためにちゃんと食事を摂ることも大事なルーティーンの一つというだけ。
そんな考えを読んだのか、翔が「はぁ」と肩を竦める。だがその後すぐに笑顔を作る。
いつもと同じ仕事ができるきらきら御曹司で、いつもと同じ人当たりのいい完璧な王子様の、優しい笑顔を。
「お時間を頂き申し訳ありません。午後もお掃除よろしくお願いしますね、『秋月さん』」
「かしこまりました、『天ケ瀬部長』」