御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
エピローグ
1. 呪縛から逃れるとき
「美果!」
約束したカフェで緊張に身を固めながらアイスコーヒーを飲んでいると、指定した時間の数分早く、姉の梨果が店内に飛び込んできた。
血相を変えた梨果の様子に、呼び出した側の美果も少し気後れしてしまう。
つい表情が固まると、隣に座っていた翔がテーブルの下でぎゅっと手を握ってくれる。大丈夫だ、と微笑む翔にそっと背中を押された美果は、一度深呼吸することで梨果と対峙する決心を固めた。
「美果、あのメールどういうこと!? あの家を売るって……」
美果の姿を発見した梨果が、鬼の形相でこちらに近付いてくる。相変わらず頭の上から足の先までブランド品で武装した梨果だが、美果の隣にスーツ姿の男性が――天ケ瀬翔が座っていることに気づくと、その動きがはたと止まった。
「……いい男」
そしてぽつりと呟いた言葉に、美果は先ほどまでの緊張に加え、妙な焦りまで覚えてしまう。
もちろん姉が感嘆する気持ちはわかる。とてもわかる。
高身長に整った顔立ちの翔は、平日の夜になってもスーツやシャツにくたびれた様子はないし、表情にも疲労は見当たらない。もし約束した場所にこんなにキラキラした美貌の男性が現れたら、美果も動揺するかもしれないと思う。
しかし梨果の興味が翔に移ったことに気づくと、急に不安になってしまう。小さな声で「う」と呻く声は翔にも聞こえていたらしいが、彼は美果には微笑みを残すだけで何も言わず、その場にスッと立ち上がった。