御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「はじめまして。天ケ瀬百貨店本社で取締役兼営業本部長を務めております、天ケ瀬翔と申します」
「はじめましてぇ、美果の姉の、秋月梨果です♡」

 翔の肩書を聞いた梨果の目がらんらんと輝き出す。明らかに高く明るく変わった猫撫で声に、美果は怒りを通り越して呆れて項垂れてしまう。

 もしや未だに美果と翔が愛人関係だと思っているのだろうか、と感じたが、そういえばあれ以降会っていないので一度もちゃんと訂正していない。

 あのね、と口を開こうとした美果を視線だけで制止した翔が、梨果に着席を促しつつ自分もカフェチェアに静かに腰を落ち着けた。

「妹の美果さんとは以前からお付き合いさせて頂いてましたが、ご挨拶が遅れておりました。申し訳ありません」

 翔がにこりと笑顔を浮かべると、可愛らしい笑顔を見せていた梨果の表情が固まる。ん? お付き合い? と同じ仕草のまま首だけを傾げる梨果だったが、その疑問を言葉にする前に翔が自分の発言の一部を訂正した。

「来週には籍を入れるので、もうすぐ夫婦になる予定ですが」
「は……? え……?」

 翔の説明と宣言に今度は驚きで面食らった顔になる。

 そんな梨果の困惑は手に取るようにわかったが、美果は梨果に、結婚報告よりも明確に伝えておかなければならない大事な話があった。

「お姉ちゃん、話があるの」

 美果が発した言葉に、梨果ががばっと振り向く。

 先ほど梨果が入店してきたときの台詞を聞いていた美果は、彼女自身が今日ここに呼び出された理由を察していることに気づいていた。

 だが美果には、今一度梨果に状況を説明する義務があった。先日会った静枝に、梨果への説明と説得を依頼されていたからだ。

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