御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
五年の歳月を過ごすうちに梨果に対する信頼感が消え失せていた美果には、梨果を更生する方法なんて思いつかなかった。それを考える気力さえ削がれていた。
美果は本当は、梨果の言動を受け入れられない自分が嫌いだった。梨果の変化を許すことができない心の狭量を責めていた。身内に寛容になれない気持ちが醜いと思っていたし、たった一人の姉に寄り添えない自分が許せなかった。
けれど心のどこかに、まだ諦めたくない気持ちもあった。姉の本来の姿を知っている美果は、どうにかして彼女が目を覚ましてくれないかとも考えていた。
そんな美果の葛藤を見抜き、理性と感情の間で揺れることも許容し、清濁併せ呑むことで美果のすべてを受け入れてくれる。
一人で悩まなくてもいい、その苦しみを分かち合いたい、だからこの先は自分に任せてほしい――美果が扱いに困っていた手綱を、美果を後ろから抱きしめつつ一緒に握ってくれる。
翔の選択に、美果はただ感謝するしかない。
「誠人」
「ん?」
翔の器の大きさに感動していると、翔がふと低い声で誠人の名前を呼んだ。
翔は仕事のときは森屋と名字を呼び捨てるが、プライベートでは誠人と名前で呼ぶことで公私を分けているらしい。
そして美果は最近になってようやく気がついた。翔が低い声で誠人の名前を呼ぶときは、二人がじゃれ合うときの合図だ。
「美果は来週にはもう『秋月』じゃなくなる。名字は『天ケ瀬』だ、間違えるな」
「……俺、普段大雑把なくせに変に細かい翔のそーゆーとこ、マジで意味わからん」
――激しく同意です。